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2011年12月

2011年12月29日 (木)

NOWHERE

2011年12月29日。今年最後にライブを観に行った。高円寺JIROKICHI。

Jirokichi

NOWHERE。寺岡さんが正式加入してから観るのは初めてだ。

今日のライブのこの気持ち良さ、一体どんな風に表現したらよいだろうか?

「すげー!」とか「かっこいい!」とか、なんかそんな単純な言葉しか浮かばない。それでは十分に表現できていない。

とにかく「いい!」のだ。これは体感しないと分からない。言葉でこの「いい!」を再現することなんかできない。

メンバー全員の感情やテンションの高さ、心地よさや楽しさが「音」と「歌」で伝えられてくる。まさに「音楽」であり「ROCK」だ。

寺岡さんの正式加入がまたNOWHEREを違う時限へと進化させていく。このメンバーでずっとずっと長くやっていってほしいなぁ。

一年の締めくくりにふさわしい素晴らしいライブだった。

どうもありがとう!

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2011年12月26日 (月)

ロックと島唄

声が出た瞬間、一瞬にして空気が透明になる。唄者大島保克、そんな歌声だ。

Rock_to_shimauta

2011年12月26日、山口洋と大島保克のライブに行ってきた。食べ物もおいしい横浜サムズアップ。前回観たのが2011年5月同じくサムズアップ。ここで山口洋を観るのはもう四度目。

一度目はソロで、

二度目は細身魚と二人(そのときのブログ:歌う男と彩る男
http://jirojirojiro.cocolog-nifty.com/jgrblog/2010/01/post-c6ff.html

三度目は今年5月の大島保克と(そのときのブログ:月ぬ美しゃ
http://jirojirojiro.cocolog-nifty.com/jgrblog/2011/05/post-0787.html

そして今回が四度目。

前日まで僕は石垣島に、それも大島保克の生まれ育った白保に滞在していたのだ。これも何かのご縁だなどと思いながらライブを観る。仕事で30分の遅刻。入り口に着くと山口洋のギターの音が聞こえている。

いつにもにも増してとてもリラックスした雰囲気の中でライブは進んでいく。ギター一本で歌う山口洋の歌はHEATWAVEの時のそれとはまたちょっと違う趣がありとても好きだ。ギターの音と歌がもっと濃密に繋がっていてまるで一つの楽器のようだ。

「りんご追分」をやってくれた。山口洋のオリジナルのように歌われ、そしてRockだった。

「出発の歌」も聴けた。これだけでも頑張って来たかいがあるというものだ。

後半は大島保克。古い島唄とオリジナルの島唄を歌う。声が出た瞬間、一瞬にして空気が透明になる。別に「美声」という訳ではない。まごうことなきおっさんの声質だ。でもそれが三線の音色とともに歌声になった時、その透明感と直進性は聴く者の身体を射抜くような感じだ。

僕の大好きな「流星」で山口洋がギターを弾く。何とも深みが増した音像に変わる。

「イラヨイ月夜浜」は沁みた。歌声が耳からではなく、体の表面全部から入ってくるような感じだ。その声は心と体の一番深いところに沁みわたっていく。

この二人で交互に歌う「満月の夕」は凄い。でも前回聴いた時とはまた違った感動があった気がする。この感覚が何なのかを言葉で表現するのはもう少し時間がかかる感じだ。

とにかく素晴らしい夜だった。

そして、来場者に配布された「そうま・かえる新聞」。

Soumakaerusinbun

原発の「被災地」である相馬市の親御さんたちが「子どもたちを守りたい。未来に希望を残したい。」一刻も早く「帰る」場所に戻したいと始めたプロジェクトをMY LIFE IS MY MESSAGEがサポートしています。

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2011年12月25日 (日)

泊まった

今年8月に会社を辞めた元同僚が石垣島に渡り10月から宿を始めた。石垣島二日目の夜、こちらの宿にお世話になった。


とても居心地の良い優しい宿だ。


是非またゆっくりと滞在したいものだ。


どうもありがとう。

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2011年12月24日 (土)

観ました!

二人ともどうにか回復して「オヤケアカハチ 太陽の乱」二日目昼公演観ることができた。

新キャスト、新演出でまた新たな進歩を遂げている。何度観てもホントに素晴らしい舞台だ。心の底から震えるような感動を覚える。
いつ観ても変わらないのは子供達の一生懸命なひたむきさとあの笑顔だ。

また観に来ます!

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2011年12月23日 (金)

来てます

只今、石垣島に来てます。
オヤケアカハチの公演を観にやって来ました。

だがしかーしっ!かみさんと息子が体調を崩しホテルで待機、休養に。

大事をとったかいあって大分調子を取り戻しました。明日の昼公演は観られると良いな。

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2011年12月21日 (水)

もう1本

前回の記事の続き

普段あまり使っていなかったギターを手放す。「処分」と書いたけれど、やっぱりちょっと言葉のニュアンスが違う。

思いとしては、引き取られたギターが業者さんからどなたかの手に渡って、その方にちゃんと弾かれてもらえば嬉しいなぁ、ということです。私の手元に置いてありあまり弾かれないより、どなたかのもとでもっともっと弾いてもらって、欲を言えば、その方の大切な1本(私にとっても大切なことには変わりないけれど)になったり、そのギターから新しい音楽が生まれたりしたら、どんなにか素晴らしいことか。

本当は1本1本、1台1台、どなたか音楽をやっている方にもらって頂ければ良かったのだけれど、一気にまとめてやらないと決意が揺らぐと思い、業者さんに頼んで全部まとめて持っていってもらいました。

でも直前に1本だけ貰っていただいたギターがありました。

業者さんが引き取りに来る2週間前、その方にお会いし、いろいろと音楽の話をしておりました。その方はご自分のバンドでベースを弾かれていらっしゃるのですが、エレアコを1本さがしているとのこと。おぉ、これはと思い、もらっていただけないかとお願いしてみました。

最初は遠慮されていたものの、僕がギターを整理する意味や、亡くなった兄貴が使っていたものであるということ、誰かに使ってもらってそこから新しい音楽が生まれたらうれしいなどもろもろの話をしたら、そういうことであれば「ぜひ」と言っていただきました。

Takamine NPT-515

Takamine

僕としても使ってもらえるんであれば誰でもいいというわけではありません。やはりその方の人柄や音楽に対する感じ方や考え方が、僕としては差し上げるうえではとても重要な判断基準であります。幸いにもこの方は「この人にこのギターを弾いてもらえたらよいな。」と思える方でした。

Kさん、どうもありがとうございました。

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2011年12月11日 (日)

残ったギター

ギター、エフェクター、ギターアンプ、録音機材、CDを処分した。

最低限必要なものだけを残し、中古楽器の買い取り業者とCDショップに出してしまった。

以前から、「(ギターを)ちゃんと触ってやれるのは2~3本ぐらいだな」と思っていたのだが、実際には一番多い時で、兄貴のを引き取った分を含め、16本あった。兄貴のギターは、兄貴の友人に貰っていただいたり、僕の分でもギターを始めるという友達にあげたりしたが、2本のベースを含め12本残っていた。

今回ギター6本、エフェクター20台、録音機材8点、ギターアンプ2台、CDは約400枚処分した。

最後に残ったのはこの5本とエフェクターが少し。CDは大分残ってしまった。

Remains

そのまま持っていても本当は特に問題はなかったのかもしれない。どれをとっても大切で大好きな音のするギターだった。手放すのは断腸の思いでもある。でもどうしても「本当に必要なもの」にだけ絞り込む必要性が僕の内にあった。

震災から数か月。何かをしなければならなかったし、何かを変える必要があった。でも何もできていなかった。地震、津波、原発事故で被害にあわれた方々に対する支援。そして「贅沢」を排除し、必要なものをだけで生きていく、というのが大きなテーマ。

  「贅沢」:自分にとって必要のないものや、無駄なことにたくさんお金を使ったり、使いきれないものをたくさん所有したり、本来それが持っている機能以上に貨幣価値の高いものを所有したり、「生きる」ことに必要な分量と質を超えた余剰な消費活動したりすること。

我々の「贅沢」が「人間としての豊かな暮らし」とすり替えられ、利便性、合理性が追求され大量消費構造を生みだす。我々が「豊かな暮らし」を目指せば目指すほど、そこでは必要以上の電気エネルギーが生み出される。そのエネルギーが本当に必要だと思いこまさせる。そしてその大半は都市部で集中的に消費される。でも電気エネルギーの生産拠点は地方に置かれている。「安全だから大丈夫」と思い込まされて、都心部から離れた場所に原子力発電所が設置される。

福島原発で作られたエネルギーのほとんどは、我々都市部の人間が「贅沢」を享受するため、都心部で必要以上に消費するためにあったのだ。我々の電気の無駄遣いの為に福島の人々が、事故が起きるまでは想像すらできないほどの大きなリスクを持たされていたのだ。避難生活を余儀なくされている人々、放射能の恐怖におびえながら生きている人々、仕事を失ってしまった人々、農産物を丹精込めて一生懸命作ったとしても売ることができない人々、そんな方々がたくさんいるのだ。それもこれも僕のせいなのだ。自分個人の責任としてとらえないといけないはずだ。

「彼らの痛み苦しみは僕のせいなのだ!」

そう思おう、そう感じよう、そう考えよう。この考え方は山口洋氏の受け売りではあるけれど、そうしなければいけないと思っている。、

しかしこれを日々の日常生活の中で行うのはとても難しい作業なのである。ついうっかり忘れてしまうし、元の意識のままに戻ってしまう。

今回の事故の責任の一端を自分に置き換えようとする思想の試みは、日々の日常生活の流れの中では、なかなか自分の体に染みついていかないのが実情だった。頭では「自分のせい」だと思おうとしても、どこかで人ごとのような感じになってしまっている。具体的に何も行動をしていなかったからだと思う。

えらそうに東電や政治家の非難をするだけで、自分では何もしていない。寄付や義援金も預ける先の信頼性の問題であまり積極的には行っていなかった。そう、結局自分は何もしていないのだ。

日常の中で電気を消したりするだけでなく、自分の痛みを伴って「贅沢」を正していこう。生き方を変えていこう。そのためには自分の大事にしている物を見直そう。痛くも痒くもないことをやっても自分を変えることはできないはずだ。ギター、機材の処分を考えた。自分の大好きで大事にしている物を手放し、もう一度どうするべきかしっかり考えよう。「贅沢」をしないことは自分の「必要」のレベルをどれくらい下に持って行けるかだと思う。このギターの処分を最初のアクションとして自分に本当に必要なものを考え直し、今までの生き方考え方を変えていきたい。

今こそは人が変わらなければならないという。これも人様の受け売り。作家の池澤夏樹氏はこの事態を機会に人々に意識は変えていかなければならないと主張している。

だいぶ飛躍したロジックだし、かなりの自己満足。でもそれでも良い!だいぶ遅くなってしまったけれどこれは自分の一つの行動である。

ギター、機材、CD、買い取り金額は投資した分よりはかなり安いけれど、全部合わせればそこそこの高額。これは被害にあわれた方々に対する支援として使う。信頼できるこちらに義援金として送ろうと思っている。

My Life Is My Message

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2011年12月 3日 (土)

三回目の命日

今日は兄貴の三回目の命日。

こちらのブログに少し書きました。

あの日の夜も寒かったなぁ。

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