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2011年3月24日 (木)

Anxiety

当日の大きな揺れ、周りの緊迫感、繰り返される余震、被災地の映像、原発報道、計画停電...。あまりにも急激な変化をとげてしまったこの非日常に、息子は大きな不安を心に抱えてしまった。

そんな最中震災3日後。息子は今年2回目のインフルエンザに罹ってしまった。前回はA型、今回はB型である。

一時大分良くなったけれど、金曜日頃から食事の量が極端に減り、便秘がち、時々腹痛も訴える。口数が減り不機嫌な時間が長くなる。学校に行けないことも非日常からくる不安の大きな要因。断片的に入ってくる学校からの情報も嬉しい反面、自分が取り残されてしまったような感覚に陥っていたようだ。

かみさんはもっと大変だ。

ただでさえ地震と原発問題で大変な状況下で、こんな状態の息子をケアしなければならない。普段の状態とは違う息子を思わず怒ってしまったり、一生懸命気を紛らわそうといろんなことをしているのにそれがうまくいかなかったりと。

特にかみさん自身も普通の状態ではないのだからなおさら大変だ。地震に対する大きな恐怖心が植え付けられてしまい、その不安と恐怖を大声でぶちまけることも出来ず苦しんでいたようだ。(これは私にも大きな責があるのだが)被災者の方々はもっと大変な思いをしているのに自分が弱音を吐いてはいけないと自分を押し殺していた。

かみさんはある方のツイッターの中から、不安や恐怖心はひとそれぞれでどんな立場でもそれを素直に表現しても何も問題ない、という趣旨の書き込みを見つけ、心が楽になったそうだ。

彼女自身のブログの中にその記述を見つけたとき、なぜその状態を察してやれなかったのかと、なぜその言葉を僕がかみさんに言ってあげられなかったのかと。

僕は悔いた。

息子の不安を取り除いてやることも出来ず、かみさんが押し殺し抱えていた感情を察してあげることも出来ず...。

僕には息子とかみさんの身体を抱きしめて「大丈夫だよ、心配ないよ。」と言葉をかけることしか出来ていない。

もう少しうまく二人の心を抱きしめてあげることができないのだろうか。もっと二人を安心させてあげることは僕にはできないのだろうか。

自分の上っ面な感傷にひきづられた妙な使命感で感情的になって被災地を眺めることより、息子とかみさんのケアをすることが僕にとっては必要だ。

これが今回の震災で僕がやらなければならないこと。僕が今できることは、まず一番大切な人をもっと大切にすることである。

さぁ、みんな、一緒に歩いていこう!

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